被相続人名義の公正証書遺言に対して遺言無効確認請求訴訟を起こし、勝訴的和解をした事例

1.事案の概要

(1)相続関係

本件の被相続人は相談者の祖父でした。被相続人には、長男(故人)、相談者の父である二男(故人)、長女の3人の子供がいました。
長男には子供がおらず、次男には2人の子供がいたため、この2名が代襲相続人になります。相談者は、代襲相続人2名のうちの1名になります。

(2)遺産の内容

本件の遺産は、被相続人が居住していた自宅(土地建物、以下「本件自宅」といいます)、宅地1筆及び預貯金でした。被相続人については、後見人が選任されていたため、遺産の内容は後見人から資料を引継ぎを受けることで把握できました。

(3)遺言の有無

遺言:公正証書遺言が存在していました。
内容:遺産全部を長女に相続させる。

2.事案の問題点と対応内容

(1)遺言作成当時の被相続人の遺言能力の問題

本件遺言は、公証人が被相続人の病室に主張して作成されていました。相談者に確認したところ、この当時、被相続人とは会話をすることはできない状態であったとのことでした。また、後見人からの引継資料を確認したところ、後見人が選任されたのち、被相続人がおこなった売買契約についてその効力をめぐって民事訴訟がなされており、本件遺言もこの売買契約と近接した時期に作成されたことがわかりました。

これらの事情からすると、本件遺言の有効性に疑義が生じるところですが、本件遺言は公証人の関与のもと作成されていることから、慎重を期して事前調査により遺言能力の見極めをすることとしました。

事前調査では、要介護記録(主治医意見書、認定調査票)、後見事件の記録一式を取り寄せて検討したところ、これらの記録上も被相続人の判断能力が著しく低下していた状況が裏付けられたため、遺言無効確認請求訴訟を提起することとしました。

なお、入院先の病院に対してもカルテの開示を求めましたが、全相続人の了解がない限り開示できないとして開示を拒絶されたという経緯があり(訴訟提起後に送付嘱託を申し立てれば開示するとの回答)、事前調査ではカルテ等の医療記録は検討できませんでした。カルテ等の医療記録は遺言能力判断のための有力な資料ですので、開示を受ける必要性が高いのですが、任意開示や弁護士会照会に対し、病院側に開示を拒絶された場合の対応は難しい面があります。カルテ等の開示のために、病院に対して法的手続を行う方法もありますが、そうすると本丸である遺言無効確認請求訴訟⇒遺産分割までに時間がかかりすぎてしまいます。

そのため、カルテ等以外の資料で一定程度の検討が可能であれば、カルテ等は遺言無効確認請求訴訟提起後に裁判所経由で開示を求めるという対応に切り替えることも必要です。要介護認定資料に含まれる主治医意見書は被相続人の主治医が作成しており、この記載内容からカルテ等の概要は推測できますので、カルテ等の開示が得られない場合は、主治医意見書の記載内容を手掛かりにしてカルテ等の内容にあたりをつけ、遺言能力についての見通しを立てることになります。

(2)遺言無効主張する場合の手続選択

遺言無効確認請求訴訟をする場合、①遺留分侵害額請求との関係、②他の相続人との関係、③調停を経由するか、との点の判断が必要になります。

①について

本件で遺言無効確認請求訴訟を提起した場合、遺言が無効になれば遺産分割、有効になれば遺留分について裁判手続を採る必要がありますが、遺留分侵害額請求訴訟は遺言無効確認請求訴訟と同じ手続で審理をすることが可能です。この場合、遺言無効確認請求訴訟⇒遺留分侵害額請求訴訟の順で手続をとるよりも時間を短縮できます。

もっとも、遺留分の請求は遺言が有効であることが前提になるため、遺言無効確認請求訴訟と同一手続で審理すると原告側の態度としてやや一貫性にかけます。また、審理の対象に遺留分が加わると、審理が複雑になり、遺言無効に対する審理が散漫になるおそれがあるため、本件では遺留分侵害額請求訴訟は併合しませんでした。

②について

遺言無効確認請求訴訟は、相続人全員が訴訟の当事者となる必要がある訴訟類型(必要的共同訴訟)ではなく、遺言無効を主張する相続人が単独で訴訟を提起できます(通常共同訴訟)。そのため、本件では代襲相続人のうち相談者のみが遺言無効確認請求訴訟を起こしました。
この場合、他の代襲相続人は、遺言を受け入れて遺留分を請求すること、別途、遺言無効確認請求訴訟を提起することも可能です。

相談者との関係で遺言が無効となり、他の代襲相続人が遺言の効力を争わない場合、遺産分割の扱いが難しくなるため、できれば遺言の効力についても統一した方がよいのですが、遺言無効主張する場合、時間・労力・費用などの負担が重いため、なかなか足並みがそろわないこともあり、各相続人間で対応がことなることもやむを得ないと思われます。

③について

裁判上、遺言無効確認請求をする場合、法律上は、家事調停(一般調停)を行い、調停が不成立になった場合に民事訴訟を提起するとの建前になっているため、まず、家事調停を申し立てるか否かを検討することになります。

遺留分侵害額請求訴訟との併合の関係でも説明しましたが、遺言無効確認請求訴訟は、その後に遺産分割・遺留分の問題が控えているため、なるべく手続を減らして迅速に処理する必要があります。この点で、遺言無効確認請求に関して調停を申し立てても、遺言の有効or無効について話し合ってどうにかなるとも思えませんし、無理にどうにかしようとすれば相当の譲歩を強いられる結果になる可能性が高く、調停を経由することに意味があるとは思えません。

また、調停を経由せずに遺言無効確認請求訴訟を提起しても、受訴裁判所が必要と判断すれば、職権で調停に付すことができますので、提訴を検討する段階で先回りして調停を申し立てる必要もないと思います。

このようなことから、本件では調停を経由せずに遺言無効確認請求訴訟を提起する処理としました。提訴後も特に調停を経由していないことは問題になりませんでした。

(3)和解における不動産評価と相続税の処理

本件では、当事者の主張立証が尽くされ、証人尋問を残すのみという段階で、裁判官から和解について打診があり、和解協議を経て、遺留分を大幅に上回る(遺留分と法定相続分の中間値を上回る)金額で和解をいたしました。

遺言無効確認請求訴訟において、実質的に遺産分割まで取り込んで解決したことになりますが、この場合、相談者が取得した財産(和解金)について相続税が課税されることになります。原則的な対応としては、相談者=期限後申告により納税、被告=更正の請求により過払いの相続税を取り戻しを行います。
もっとも、このような手続は煩雑なため、本件では和解時に納税分を考慮して和解金を決定し、期限後申告及び更正の請求は行わないとの処理をいたしました。

3.弁護士小池のコメント

本件は、本件遺言作成後まもなくに被相続人に後見人が選任されたという事実経過が特徴的な事案でした。遺言能力の検討には、カルテ、要介護認定記録が必須ですが、当該事案に特徴的な資料も併せて検討することが有益であり、本件における後見記録は遺言能力の検討にとても役立ちました。

また、遺言無効確認請求訴訟において、遺産分割までを前倒しで解決するという方法も迅速な解決という観点から選択肢としておくべきであると言えます。もっとも、これは、いわゆる「和解ねらい」の提訴を意味するのではなく、あくまで無効判決をとることを目的としつつ、裁判官から有利な条件が提示される場合に検討するということに注意を要します。無効判決も十分ありうるとの心証を得てこそ、有利な和解が可能となるのであり、和解ねらいで訴訟をしても、十分な主張立証ができず遺留分程度の金額での和解を提示されるおそれがあります。

和解時の相続税の処理は、実質的な和解金額に影響が大きいため、常に気を配るとともに、資産税、特に相続税に精通した税理士と連携することが重要になります。

本件は、実務上無効主張が回避されがちな公正証書遺言について勝訴的な和解により、遺産分割までを遺言無効確認請求訴訟に取り込み、迅速な解決をした点で参考になると思われるため、ご紹介いたします。

以 上

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