遺産分割紛争における相続税申告の注意点を相続弁護士が徹底解説

1 はじめに

 相続が発生し、一定の相続財産額を超える場合、相続税が課税されることになります。相続税は、一般的には相続発生から10ヵ月以内に申告・納税することとされていますので、相続人間で協議を行い、上記期間内に遺産分割協議が成立・遺留分の合意が成立すれば、この内容に沿って相続税を申告・納税することになります。

 

 ところで、相続が紛糾している場合、ほとんどの案件で、期限までに合意を取り付けて相続税を申告・納税することは困難です。

 

 そこで、遺産分割や遺留分が未解決であることを前提にして、相続税を申告・納税することになりますが、相続税に関する無知に付け込んで、特定の相続人が自己に有利な解決に相続税の申告・納税を利用する事例があとを絶ちません。

 

 そこで、今回は、相続トラブルの典型事例である遺産分割協議の事例における相続税申告・納税について解説します。

2 遺産分割と相続税の申告・納税

2-1 申告期限内に遺産分割協議が成立しない場合の相続税申告

 申告期限内に遺産分割協議が成立しない場合について、相続税法55条は「分割されていない財産については、各共同相続人又は包括受遺者が民法(第九百四条の二(寄与分)を除く。)の規定による相続分又は包括遺贈の割合に従って当該財産を取得したものとしてその課税価格を計算するものとする」と規定しており、遺産分割が未了であっても相続税の申告・納税をする必要があります。

 

 民法の規定による相続分とは、通常は法定相続分を指します(遺言により、相続分が指定されている場合は指定相続分を意味しますが、この場合の相続分の指定は「遺産の30%をXに相続させる」等、遺産の取得割合を定める場合を意味します)。包括遺贈は、遺産の取得割合を遺言により定めるものであり、上記の相続分の指定と同趣旨の制度です(相続分の指定は相続人に対してしか行えませんが、包括遺贈は相続人以外に対しても可能である点がことなります)。

 

 例えば、被相続人が父、相続人がその子供A、B、C3名の場合、遺言がない場合、相続人3名は、遺産全体の各3分の1を取得したものとして相続税の申告・納税をすることになります。

 

 他方、遺言によりA:50%、B及びC各25%と相続分が指定(又は包括遺贈)がなされた場合は、これらの割合に基づいて遺産を取得したものとして相続税を申告・納税することになります。相続分の指定及び包括遺贈は、遺産全体に対する持分割合を定める効果を有するにとどまりますので、別途、遺産分割(例えば、Aが50%の相続分に相当するものとして遺産からどの財産を取得するか)を行う必要があります。したがって、遺言がなく法定相続分で相続人に遺産が帰属している場合と遺言により相続分の指定又は包括遺贈がなされている場合は、遺産に対する持分割合がことなるだけで、未分割であるという点では同じです。

 

 なお、公正証書遺言で使用される「〇〇に相続させる」との遺言(いわゆる「相続させる遺言」)は、遺産分割方法の指定と解されているため(平成3年4月19日民集第45巻4号477頁)、当該遺言により遺産分割は完了しており、「未分割」とはなりません。この場合は、遺言の内容にしたがって分割済みとして相続税の申告・納税をすることになります。

2-2 遺産分割成立後の相続税の手続

 上記2-1のとおり、未分割として相続税を申告・納税した後、遺産分割協議が成立した場合、未分割での申告した課税価格と遺産分割により取得することとなった財産の課税価格がことなる場合は、次の手続をすることができるとされています(相続税法55条ただし書、同法32条1項1号)。

① 課税価格が増加した相続人 修正申告

② 課税価格が減少した相続人 更正の請求(遺産分割協議成立日の翌日から4か月以内)

 未分割申告をした際、適用を受けることができなかった小規模宅地等の特例や配偶者控除については、上記の修正申告及び更正の請求の際に適用を受けることになります。

2-3 実務的な処理

未分割で申告・納税をした後、遺産分割協議が成立した場合の相続税の手続は、上記2-2の方法が原則的な対応となります。

 

 もっとも、遺産分割が成立しても、小規模宅地等の特例や配偶者控除等の適用がなく、共同相続人全員の課税価格の合計額(これに基づき算定される共同相続人全員の納税額)自体は変更がない場合があります。このような場合、実務上は、わざわざ更正の請求&修正申告を行うことはせず、共同相続人間で清算する方法が採られています。相続税法32条柱書が更正の請求をすることが「できる」として、更正の請求を義務付けていないことは、上記のような処理を認める趣旨と解されます。

 

2-4 納税資金の確保

 通常、相続税の納税資金は遺産に含まれる預貯金を解約するか不動産を売却することにより賄います。遺産分割が完了している場合は、遺産共有状態が解消されているため、各相続人が自由に預貯金を解約し又は不動産を売却することができるため、納税資金の確保の問題はそれほど深刻ではありません。

 

 ところが、未分割申告の場合は、遺産全体が共同相続人間で共有となっており(遺産の一部について遺言により処分がされている場合を除く)、共有財産の解約や売却は処分行為にあたり共同相続人全員の同意が必要になります(民法251条。なお、最決平成28年12月19日民集70巻8号2121頁により、預貯金債権は相続発生により共同相続人の相続分にしたがって当然に分割されるとの従前の判例が変更され、預貯金債権は共同相続人間で準共有となると判断されました)。そのため、遺産分割についての合意形成ができていない時点で、納税資金の確保のため、共同相続人間で協議を行う必要がでてきます。ここが、未分割申告を行う場合の難しい点です。

 

以上の問題点を踏まえて、実務的にはおおむね次のような方法で対応しています。

 

  ① 共同相続人各自が自己資金で納税

② 共同相続人間で協議し、納税資金確保のため、一部預貯金を解約又は不動産を売却する。

③ 遺産分割前の払戻し制度により預貯金の払い戻しを受ける(民法909条の2)

④ 仮分割の仮処分による預貯金の払い戻し(家事事件手続法200条3項)

 

 ①は当たり前の方法ですが、自己資金により一旦納税ができるのが最も手続的に負担が少なく、その後の遺産分割の進行も迅速になります。ただ、納税資金の問題が深刻になる遺産規模の大きい事案ほど、自己資金での納税は難しいことが通常です。

 

 そこで、多くの事案では、②の方法をとることになります。

 

 すでに共同相続人間で協議が紛糾している場合、納税資金の確保に限定しても協議がうまくいかないことが多くありますが、納税資金の確保は、共同相続人に全員にとって利益になることを共有して協議をすすめることになります。納税資金の協議がうまく進まない場合、弁護士を代理人に選任し、状況整理をしながら協議を進めることが有効です。

 

 特に、不動産を売却して納税資金を確保する場合、手続が複雑になり、共同相続人が疑心暗鬼になる事例もありますので、弁護士を代理人に選任することが望ましいと思われます。

 

 共同相続人間で②の協議ができない場合や協議がうまくすすまない場合、③により預貯金の払い戻しを受けることを検討します。遺産分割前の預貯金の払戻しの制度は、払戻し可能額が相続開始時の債権額の3分の1に限定されるなどの制約がありますが、共同相続人の協議を経ることなく、金融機関との手続により払戻しを得られる制度である点で、共同相続人間の協議不調の場合に有効に機能します。

 

 また、共同相続人間の協議(②)を行わず、預貯金の払戻し(③)を利用して納税資金を確保してしまうという方法もあります。このあたりは、共同相続人間の協議状況、預貯金の額、納税見込額を考慮して、事案ごとに判断することになります。

 

 ④の仮払いの仮処分は、具体的な必要性・相当性が認められれば、③の預貯金の払戻しの要件を超える預貯金の払戻しができる制度であり、この点は非常に有益な制度です。

 

 もっとも、仮払いの仮処分は、遺産分割調停が家裁に係属していることが要件とされていることから、有効に機能する場面は限定されると思われます。

 

すなわち、納税資金に苦慮するような遺産規模の大きい事件の場合、預貯金、不動産の調査に相当な労力がかかります。納税資金を緊急に確保する必要がある状況において、まず遺産分割調停の申し立てをするという作業を追加で行うことは相当な負担となりますので、仮払いの仮処分申し立ては、他に適切な方法がない場合に限定されるというのが現場の感覚です(遺産調査を簡易にすませて取り急ぎ遺産分割調停を申し立てるという方法もありますが、申立時の調査不足が後々尾を引くことがあるため、余程の緊急性がある場合以外はおすすめできません)。

 

 また、一般的な傾向として、納税資金の問題が深刻なる遺産規模の大きい事案では、遺産の評価額の大半を不動産が占めています。そうすると、仮払いの仮処分で預貯金の仮払いを受けても納税資金を賄うことはできず、結局、不動産を売却するために②の協議を行うことになってしまいます。

 

 このように、仮払いの仮処分は、利用場面が限定されますので、他の方法での対応の可否についても十分に検討をすることが望まれます。

 

2-5 遺産分割トラブル時の注意点

 相続税の申告・納税は、一生にそう何度も経験することではないため、正確な知識がない場合が多く、これに付け込んで遺産分割を有利にすすめようとする相続人が少なくありません。弊所が過去に受けた相談では、以下のような事例がありました。ご注意ください。

 2-5-1 未分割時の相続税の申告・納税に関する誤った主張

 最もよくある事例としては、相続発生から10ヵ月以内に「必ず遺産分割を成立させないといけない。この期間を経過すると税務署からペナルティとして「多額の課税が行われる」といって、申告期限直前に特定の相続人に有利な遺産分割協議書への署名・押印を迫るというものです。

 すでにご説明したとおり、申告期限までに遺産分割協議が成立しない場合は、未分割で申告・納税をすることができるため、「必ず」遺産分割協議を成立させなければいけないということはありません。

 また、確かに申告期限を経過した場合、無申告加算税・延滞税が課されることがありますが、不当に不利な遺産分割に応じるほどのペナルティではありませんし、未分割申告・納税を行えば無申告加算税・延滞税が課されることはありません。

 

 2-5-2 相続税の申告・納税のための暫定的な合意との説明があった場合

 

 特定の相続人から相続税額を有利にする目的での暫定的なものとして、遺産分割案が提示されることがあります。この際、遺産分割協議は継続し、合意が成立したら、その内容に従って、最終的な遺産分割を行うなどと説明されます。

 

 しかし、遺産分割協議を上記のように相続税用の暫定的なものに分割して行うことはできません。遺産分割協議書の体裁がととのった書面に自書し、実印押印(印鑑証明書を添付)した以上、後日、当該書面により、遺産分割協議は完了していると主張された場合、当該書面は、相続税対策の暫定的なものであり、遺産分割協議は完了していないとの弁解が通用するとは考えられません。

 

3 紛争解決後の相続税の申告と相続紛争特有の注意点

3-1 相続人間の協議により紛争解決後の相続税申告を省略する場合

 

 共同相続人全員の納税額に変更がない場合、実務的には、更正の請求と修正申告をすることに変えて、共同相続人間で納税額の清算を行われていることは既にご説明いたしましたが、遺産分割協議(調停・審判を含む)がかなりシビアな協議を経て成立した場合、その後の納税額の清算も紛糾することがあります。

 

 更正の請求は、遺産分割がなされたことにより、当初の未分割申告と課税価格が異なることとなったことを知った日の翌日から4か月以内に行う必要があり(相続税法32条1項1号)、通常は、遺産分割協議成立日(審判は告知日)の翌日から4か月以内に更正の請求をすることになります。

 

 更正の請求を行う場合、未分割申告を担当した税理士に依頼することになりますが、納税額の調整の協議を更正の請求の期限ぎりぎりまで行った末に不調になって、税理士に更正の請求を依頼すると業務状況や当該税理士との関係の濃淡によっては、申告を引受けてもらえない場合があり得ます。

 

 そこで、納税額の清算について協議する場合は、未分割申告を担当した税理士に納税額の清算の協議が不調になった場合は更正の請求を依頼する予定である旨の話を通し、更正の請求の準備期間を考慮して、納税額の清算協議の期限を設定する必要があります。

 

3―2 相続した不動産の売却を予定している場合

遺産分割により不動産を取得した場合、納税資金確保や資産の組み換え等の目的で、当該不動産を売却することがあります。この場合、相続税の申告期限から3年以内であれば、相続税額のうち一定の額を売却した不動産の取得費に加算することができます(租税特別措置法39条1項)。

 

 そこで、遺産分割が紛争化している事案においても、最終的に不動産の取得及び売却が想定される場合は、上記の特例の適用を視野にいれて協議を進めることが重要になってきます。

 

 また、遺産分割成立後、不動産の売却を予定している場合、共同相続人間で納税額の清算をすることは避けるべきです。相続税額のうち一定額の取得費加算を認める上記特例は、売却した不動産について、売却した相続人が相続税を納付していることを要件としているところ、共同相続人間で納税額の清算をした場合、相続税申告上は、未分割申告時の持分相当額の納税しかしていないため、売却不動産全体に対する相続税を取得費に加算することができないからです。

 

 遺産分割の最終局面では必ずといっていいほど相続税の処理が協議され、この際、税理士等から、簡易な処理として相続人間での清算を勧められますが、最終的に取得した不動産を売却する場合は、取得費加算の特例の適用も考慮して対応を決める必要がある点にご注意ください。

 

3-3 抗告審における遺産分割決定に対して特別抗告又は許可抗告を申し立てている場合の更正の請求の期限

第1審の家庭裁判所で審判がなされ、高等裁判所に抗告した場合、審判に代わる決定により高等裁判所の判断が示されます。この高等裁判所の決定にも不服がある場合、最高裁判所に対して、特別抗告及び許可抗告の申し立てをすることができます。

 

ところで、特別抗告及び許可抗告の申立てには、抗告審の決定の確定を妨げる効力(確定遮断効)がありません。したがって、抗告審決定が当事者に告知された時点で、決定の効力が確定します(当事者への告知時期が異なる場合は、最後に告知を受けた者の告知日に決定の効力が確定します)。

 

そのため、抗告審の決定に特別抗告又は許可抗告の申立をしている場合でも、抗告審の効力が告知により確定することから、確定した遺産分割により納税額が減少する相続人は、告知日の翌日から4か月以内に更正の請求をしなければなりません。

 

特別抗告又は許可抗告を申立てていることから、抗告審の決定が確定しないと誤解して、更正の請求の期限を徒過しないように気を付けたいところです。 

 

4 まとめ

相続税の申告は、本来、税理士が担当する税務マターですが、遺産分割協議の様々な場面に関連し、事案の解決にも影響を及ぼします。そのため、遺産分割協議を進める際は、相続税の処理を視野に入れて対応することが重要です。

 

相続税申告を伴う遺産分割紛争でお困りの方は弁護士法人Boleroにご相談ください。

以 上

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