相続放棄と第三者(債権者)の関係

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2015年9月12日 記事公開
2021年5月12日 相続法改正に関する記事追加

共同相続人が相続放棄をしたことを債権者に主張するには登記が必要ですか

10年前に父が亡くなりました。相続人は、私と弟の2人でしたが、父の死後2か月目に弟は相続放棄をし、遺産は私が単独で相続しましたが、特に相続登記(弟も相続放棄の登記はしていません)はしていませんでした。

ところが、先月、弟の債権者が遺産の土地Aに関する弟の法定相続分(2分の1)を差し押さえました。弟は相続放棄をしているのでこの差押えは無効ではないでしょうか?

相続放棄を主張するのに登記は必要ありません

本件の差押えは無効です。

相続放棄は、相続開始時にさかのぼって効力を生じ、最初から相続人でなかったことになるとされています(民法939条)。そして、相続放棄に関しては、遺産分割協議の場合とことなり第三者を保護するために遡及効を制限する規定はありません(民法909条ただし書参照)。実質的にみても、相続放棄は、遺産分割と異なり、相続人になったことを知った時から3ヶ月という期間制限があり、第三者が利害関係を有する蓋然性が低いことから、第三者を保護する必要性は低いとされています。これらの理由からすると、相続放棄前に弟の持分を差し押えた債権者に対しては、相続放棄の効力を主張すること(差押えが無効である)ができることになります。

ところで、本件では、弟さんが相続放棄をしたのち、弟さんの相続放棄に関する登記、あなたが相続により本件土地A全部を相続した登記のいずれもなされておらず、その後、債権者から差押えがなされたとうい事実経過があり、相続放棄後に利害関係人が生じたと事案ということになります。

相続放棄の効力が相続開始時まで遡及すると言っても、相続放棄がなされるまでの間は、法定相続分に応じて相続人が持分を取得しているという現実がある以上、相続放棄の効力が遡及するというのは法的な擬制にすぎず、実質的には、相続を放棄した相続人からこれにより相続分が増加した相続人に対する新たな物権変動があったと評価することができます。

この点を重視すると、相続放棄により相続人の地位を失うこと及びこれにより他の相続人の相続分が増加することは民法177条の物権の得喪及び変更〈相続放棄は物権の喪失、相続分の増加は物権の取得にあたる〉にあたるとの考えも成り立ちます。実際、本件と類似の事案を取り扱った最判の原判決は上記のように考えて、債権者の差押えを有効としました。

しかし、このように考えると、相続放棄前に差押えをした債権者が保護されないこととの均衡を欠くという難点があると思われます。
また、上記のとおり、相続放棄は放棄前に利害関係を有した第三者との関係で遡及効を制限する規定(第三者保護規定)をおいていないことからすると、法は相続放棄の遡及効を制限せず、絶対的なものとする趣旨と考えられます。

これらの点を踏まえると、相続放棄及びこれに伴う相続分の増加を実質的に新たな物権変動とみることは妥当でなく、相続放棄及びこれに伴う相続分の増加は、民法177条の物権の得喪及び変動にはあたらないこととなります。

本件で特徴的な事実として、弟が相続放棄をしてから10年以上もあなたが土地Aについて相続登記せずに放置していたという点があります。

相続放棄後に相続登記をすることは容易であること、相続放棄前は、相続放棄に期間制限があることから利害関係人が生じる可能性が低いものの、相続放棄後は、利害関係人が生じる可能性が低いとは言えないこと(登記がされるまで相続放棄後、登記未了の状態が継続する)を考慮すれば、例外的に差押えを有効とする余地もあり得たと思います。

しかし、類似の事実関係においても最高裁は差押えを無効としており、最高裁が相続放棄の効力を絶対的なものであるとする強い意思が窺えます。

この結果、相続放棄及びこれに伴う相続分の増加について、登記を経ることなく債権者に主張することが可能との結論が導かれることになります。

以上のことから、あなたは、弟の相続放棄及びこれに伴い土地Aを単独で相続したことを登記なくして弟の債権者に主張することができます。

相続法改正の影響について

 2019年7月1日に施行された改正相続法では、相続における権利移転の法的な構成について大幅な変更が施され、一部については、権利取得を主張するために登記を完了する必要があるとする対抗要件主義が採用されました。

 このような相続法改正により、相続放棄に関しても影響があるのではないかと心配される方もいらっしゃいますが、今般の相続法改正によっても、相続開始時から相続人でなかったことになる相続放棄の効力に変更はありません。したがって、相続放棄に関する論点は、基本的には、改正前後で解釈に変更はないと思われます。

参考裁判例 最判昭和42年1月20日民集21巻1号16頁

上告代理人内藤三郎の上告理由第一、二点について。
民法九三九条一項(昭和三七年法律第四〇号による改正前のもの)「放棄は、相続開始の時にさかのぼつてその効果を生ずる。」の規定は、相続放棄者に対する関係では、右改正後の現行規定「相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初から相続人とならなかつたものとみなす。」と同趣旨と解すべきであり、民法が承認、放棄をなすべき期間(同法九一五条)を定めたのは、相続人に権利義務を無条件に承継することを強制しないこととして、相続人の利益を保護しようとしたものであり、同条所定期間内に家庭裁判所に放棄の申述をすると(同法九三八条)、相続人は相続開始時に遡ぼつて相続開始がなかつたと同じ地位におかれることとなり、この効力は絶対的で、何人に対しても、登記等なくしてその効力を生ずると解すべきである。
ところで、別紙物件目録記載の不動産(以下本件不動産と略称する。)は、もと訴外Eの所有であつたが、昭和三一年八月二八日同訴外人が死亡し、その相続人七名中上告人およびF両名を除く全員が同年一〇月二九日名古屋家庭裁判所一宮支部に相続放棄の申述をして、同年一一月二〇日受理され、同四〇年一一月五日その旨の登記がなされたが、Fは同日本件物件に対する相続による持分を放棄し、同月一〇日その旨の登記を経由したので、上告人Aの単独所有となつたものであることは、原審の適法に確定した事実であり、この事案を前記説示に照して判断すれば、Dが他の相続人であるF、G、H、I、A、J等六名とともに本件不動産を共同相続したものとしてなされた代位による所有権保存登記(名古屋法務局稲沢出張所昭和三九年一二月二五日受付第七六二四号)は実体にあわない無効のものというべく、従つて、本件不動産につきDが持分九分の一を有することを前提としてなした仮差押は、その内容どおりの効力を生ずる由なく、この仮差押登記(同出張所昭和三九年一二月二五日受付第七六二七号)は無効というべきである。よつて、この点に関する原判決の判断は当を得ず、この誤りが原判決主文に影響を及ぼすこと勿論であるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

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