遺産である預金の額に関する虚偽の説明を前提に成立した相続分譲渡を錯誤により無効とした事例

事実関係

・相続人は、被相続人の兄弟である甲、乙、丙と既になくなった被相続人の兄・丁の子供5名(A、B、C、D、Eとします。なお、5名をまとめて記載する場合は「Aら」といいます)です。
・甲、乙、丙の相続分は各4分の1、Aらが各20分の1です。
・遺産は不動産及び預貯金で評価額が合計5911万3694円であり、うち、預貯金は2434万7628円、不動産が3273万1000円でした。
・被相続人がなくなった後、Aは、被相続人の預貯金の払い戻しを受けましたが、上記預貯金は、Aの借入(563万9677円)の担保にされていたため、これを差し引いた1870万7951円が払い戻されました。
・Aは、他の相続人に遺産分割案を示して協議をしたが、まとまりませんでした。そこで、Aは個別に協議を行い以下内容で他の相続人と遺産分割協議書との書面を取り交わしました。
 乙=300万円(本件合意①)
 丙=550万円(本件合意②)
 B=500万円
 CないしE=各150万円
・甲はAが提示した遺産分割案に最後まで反対し合意は成立しませんでした。
・Aは、遺産分割案を提示する際、他の相続人に預貯金の額を実際の金額である2434万7628円ではなく1900万円であると説明していました

争点

争点1 共同相続人と個別に取り交わした遺産分割協議書との題名の書面を相続分の譲渡と評価できるか
争点2 本件合意①及び②は要素の錯誤により無効になるか

判断のポイント

争点1 共同相続人と個別に取り交わした遺産分割協議書との題名の書面を相続分の譲渡と評価できるかについて

本件合意①及び②は、Aと乙、丙が個別に合意しているに過ぎず、相続人である甲は合意していません。遺産分割協議は、相続人全員の合意がないと成立しないことから、本件合意①及び②は遺産分割協議としては、不成立ということになります。

そこで、Aは、本件合意①及び②は、相続分の譲渡の合意であると主張しました。この主張が認められるかというのが争点1です。

争点1に関し、裁判所(原審判)は、「前記「遺産分割協議書」作成の経緯、その文言及び明子の遺産についての相手方らの法定相続分(相手方島田、同藤井は各金1477万8423円、その余の相手方は各金295万5684円、いずれも円位未満切捨)に照らすと、前記「遺産分割協議書」による合意の趣旨は、相手方島田、同藤井、同中村、同秋山、同寺沢はいずれも自己の相続分から前記「遺産分割協議書」で合意した金額を控除した残額相当分を相手方和弥に譲渡する旨の、相手方和弥は前記「遺産分割協議書」で相手方義徳が取得することに合意した金額のうち同相手方の相続分を超える額相当分について自己の相続分を相手方義徳に譲渡する旨の、各意思表示にほかならないものと認められる。」と判示しAの主張を認めました。

裁判所は、本件合意①及び②を相続分譲渡と判断する根拠として、遺産分割協議書が作成された経緯を指摘しています。この経緯とは、次のようなものと思われます。つまり、Aは被相続人の49日の際に共同相続人全員にたいして遺産分割案を提示し協議をおこなったものの、甲らの反対にあい協議は成立しなかったこと、その後、Aは乙、丙、BないしEと個別に交渉をして各人と遺産分割協議書を締結し、その後、各人が取得するとされた金銭も支払われている(但し、一部未払いあり)という経緯があります。なお、遺産分割協議書は、BないしEは同じ書面に署名押印し、乙丙はそれぞれ個別の書面で署名押印しています。

この経緯からすると、Aは、各相続人と個別に協議を行い、個別に遺産分割協議書を作成、それぞれに分割金を支払っている(ただし一部)という事実が存在することになります。この事実からすると、Aは、全員一致の遺産分割協議ではなく、甲を除いて、乙、丙、BないしEら各人と個別に遺産分割に関する問題を解決しようとしたとみるのが自然であると思われます。

仮に、遺産分割協議書が一通作成され、乙、丙、BないしEに持ち回りで署名押印がされたもの、甲が押印が予定されていたというような事実関係であれば、相続分譲渡と認定するのは難しいでしょう。

相続人が多数の場合、個別に遺産分割の交渉を行い、一部の相続人のみ合意しているという事案はそれほど珍しくないと思われます。このような場合の合意の解釈について、争点1に関する判断は参考になります。

争点2 本件合意①及び②は要素の錯誤により無効になるかについて

裁判所は、本件合意①及び②は要素の錯誤により無効であると判断しました。

本件では、Aが預金額について虚偽の説明をしているため、乙と丙が預金額について「錯誤」に陥っていることは争いがありません。本件で問題となったのは、預金額の「錯誤」が「要素」の錯誤にあたるかです。「要素」とは、意思表示の内容中の重要部分であり、この点に関する錯誤がなかったら当事者及び一般人何れでも意思表示をしなかったと考えられる程に重要な部分をいいます。

まず、裁判所は、「遺産分割においては、その分割の対象となる遺産の範囲が重要な意義をもつことに鑑みれば、相続権の行使における意思表示においても、その前提となる遺産の範囲が重要な意義をもち、この点に関する錯誤は、特段の事情がない限り、要素の錯誤にあたるものというべきである。」と判示し、預金額が遺産分割をする上で重要な意義を有するということを強調し、遺産の範囲に関する錯誤は原則として要素の錯誤にあたるという判断枠組みを示しました。

裁判所は、まず、「預金額=遺産の範囲」を遺産分割において重要な部分であるとの評価を明示しました。

遺産分割を行う際、通常は、遺産として何が存在し、それらの評価額がどの程度であるかを把握した上で、遺産総額から、各相続人が様々な事情を考慮して最終的な取得額を決定します。

したがって、遺産の範囲は、遺産分割協議を行う際の出発点とも言うべきものです。

そして、この出発点である遺産の範囲に錯誤があれば、これを前提としてなした意思決定(本件では相続分の譲渡)も前提が誤っている以上、原則として無効になると考えるのが妥当です。

裁判所の上記判断はこのような趣旨であると思われます。

続いて、裁判所は、以下のように、要素の錯誤にあたらないとすべき特段の事情の有無について検討し、結論として特段の事情は認められないとして、要素の錯誤を認めています。

「もともと抗告人らの取得金額の決定が一定の合理的な算定基準によるものではなかつたこと、抗告人らにおいて、他の相続人らの取得額に関心をもつたと窺える形跡がみられないこと、また、抗告人らは、相手方加藤和弥に被相続人の祭祀の世話を委ねるため、法定相続分の全額までを要求する意思ではなかつたことが認められるけれども、一方において、抗告人らが、遺産である預金の総額を全く度外視して各自の取得金額を決定したといい切るだけの特段の事情は認められず、真実の預金額と抗告人らの誤信した預金額との差額も約534万円と大きいこと、抗告人らはいずれも各4分の1ずつのいわば大口の法定相続分を有する相続人であること等の諸点に照らせば、抗告人らの右各錯誤は要素の錯誤にあたり、抗告人らの右各意思表示は無効と解すべきである。」

裁判所は、預金額の錯誤が「要素」にあたらない場合として、乙、丙が預金額を度外視して自己の取得額を決定したと言える特段の事情がある場合を示し、これとの関連で、①取得金が一定の合理的算定基準によるものではない、②乙、丙は他の相続人の取得額に関心を持っていない、③乙、丙は法定相続分の全額を要求する意思まではなかったことが検討しています。

遺産分割による取得額が一定の基準によって決められた場合、その基準が当てはめられる対象の遺産の額が変動すれば、最終的取得額も変動します。他方で取得額が特段の基準がないままに決められた場合、遺産の額が変動しても取得額が変動するという関係にはありません。

また、他の相続人との関係でも、他の相続人が遺産を取得すれば、その分の自分の取り分は減少する関係にあるため、相続人が取得額に関する意思決定をする際、重要な要素になります。したがって、この点を気にしていないということは、他の相続人と関わりなく自己の取得額を確定的なものとして受け入れたものと考えることができます。

更に、乙、丙らが、法定相続分までは主張する意思であれば、預貯金の総額が変われば取得を希望する金額も変わりますが、法定相続分を希望しないのであれば、預金総額が変わったとしても、直ちに取得希望額が変わるとまでは言えない面があります。

しかしながら、一定の基準によらず、また、他の相続人の取得額を認識せずにに遺産の取得額を決める場合でも、分割対象になる遺産の額(本件では預金の額)は念頭に置いた上で、その遺産の額からどの程度を取得するかを考えるのが通常であると思われます。また、法定相続分までは希望しないとい事情からそれ以上の意味は見いだせません。

したがって、上記①ないし③では、乙、丙が預金額を度外視して自己の取得分を決定したと判断することはできないことから、特段の事情も否定されたものと思われます。

まとめ

本件は、一部の共同相続人間で作成された合意の解釈、遺産の範囲の錯誤をに関する判断枠組みを示している点で参考になると思われることからご紹介します。

参考裁判例 広島高等裁判所松江支部平成2年9月25日 

二 当裁判所の判断

 一件記録による当裁判所の事実認定及び法律判断は、次のとおりである。

  1 原審判3枚目表7行目から6枚目裏6行目まで及び7枚目表5行目から10行目までと同一であるから、これを引用する。

  2 右によれば、抗告人らは、被相続人の遺産である預金の額が真実は約2434万円(元利合計)であるにもかかわらず、相手方加藤和弥の虚偽の説明によつて約1900万円であると誤信したうえ、本件相続権の行使につき、抗告人島田年次は550万円、同藤井政江は300万円を各取得し、その余の請求はしない旨の各意思表示に及んだことが明らかである。

 遺産分割においては、その分割の対象となる遺産の範囲が重要な意義をもつことに鑑みれば、相続権の行使における意思表示においても、その前提となる遺産の範囲が重要な意義をもち、この点に関する錯誤は、特段の事情がない限り、要素の錯誤にあたるものというべきである。

 これを本件についてみるに、もともと抗告人らの取得金額の決定が一定の合理的な算定基準によるものではなかつたこと、抗告人らにおいて、他の相続人らの取得額に関心をもつたと窺える形跡がみられないこと、また、抗告人らは、相手方加藤和弥に被相続人の祭祀の世話を委ねるため、法定相続分の全額までを要求する意思ではなかつたことが認められるけれども、一方において、抗告人らが、遺産である預金の総額を全く度外視して各自の取得金額を決定したといい切るだけの特段の事情は認められず、真実の預金額と抗告人らの誤信した預金額との差額も約534万円と大きいこと、抗告人らはいずれも各4分の1ずつのいわば大口の法定相続分を有する相続人であること等の諸点に照らせば、抗告人らの右各錯誤は要素の錯誤にあたり、抗告人らの右各意思表示は無効と解すべきである。

  3 そうすると、抗告人らの右各意思表示が有効であるとしたうえ、これに依拠してなした原審判は、不当であり、取消を免れない。そして、本件においては、あらためて各相続人の正しい具体的相続分に沿う妥当な遺産分割の方法を判断するため、更に審理を尽くさせる必要があるので、原審に差し戻すのが相当である。

 三 よつて、主文のとおり決定する。

 (裁判長裁判官 角谷三千夫 裁判官 渡邉安一 渡邉了造)

 (別紙)

 抗告の趣旨

 原審判を取消し、本件を松江家庭裁判所に差戻すとの裁判を求める。

 抗告の理由

 1 抗告人島田年次及び同藤井政江は、「遺産分割協議書」と題する書面に署名、捺印し、相手方加藤和弥との間で、相手方和弥が不動産を相続し、預金の中から抗告人島田が550万円、同藤井が300万円相続する旨、個別に合意した。

 原審判は、この「遺産分割協議書」による合意は、抗告人島田及び同藤井の自己の法定相続分(それぞれ1477方8423円)から「遺産分割協議書」で合意した金額を控除した残額相当分を相手方和弥に譲渡する旨の意思表示にほかならないと認定している。

 しかし、この合意は、他の相続人全員が相手方和弥を介して遺産分割について合意することを条件とした合意であり、遺産分割案に過ぎない。抗告人らと相手方和弥との間の「遺産分割協議書」による合意は、遺産分割協議にあたらないことは原審判も認めているとおりであるが、そうすると原審判の認定によれば、抗告人らと相手方和弥との間において、法定相続分から合意した金額を控除した残額相当分について贈与契約が成立したことになる。しかし、このような解釈が当事者の意思に反することは、「遺産分割協議書」作成の経緯に照らし明らかである。

 仮に原審判の如き解釈を採れば、遺産分割協議成立前の一部当事者間で成立した合意は、すべて合意した当事者間において拘束力のある贈与契約として扱うことになるが、そのような解釈は、当事者の意思に反し不合理であり、他の審判例においても、そのような解釈は採られていない。

 2 仮に抗告人らと相手方和弥との間に原審判が認定した契約が成立していたとしても、相手方和弥は、遺産の預金が2400万円以上あったにも拘らず、抗告人らに預金は1900万円しかないと虚偽の説明をし、抗告人らは相手方和弥の虚偽の説明を信用して契約を締結したものであり、法律行為の要素に錯誤があったことは明らかである。原審判は、錯誤があったことは認めながら、この点に関する錯誤は要素の錯誤にあたらないと認定している。

 しかし、「遺産分割協議書」による合意の法的性質が法定相続分から合意した金額を控除した残額相当分を抗告人らから相手方和弥に贈与する契約であるとすれば、贈与の対象額に直接影響する預金の額に関する錯誤が契約の重要部分に関する錯誤であることは明らかである。

 また、相手方和弥は、法定相続分が20分の1しかなく、被相続人の財産の維持、増加に寄与した者でもないにも拘らず、不動産の全部を自分が単独で相続することをもくろみ、抗告人らが遠隔地に居住し、遺産分割協議のために度々松江に帰れないことや、抗告人らが遺産について正確な情報を有していないことを奇貨として、抗告人らに虚偽の説明をし、「遺産分割協議書」に署名、捺印させたものであり、相手方和弥の側に要素の錯誤ではないことを理由として、契約の法的安定を図らなければならない実質的な利益は存しない。

 3 抗告人らは、原審判が出るまで、相手方和弥との間で、原審判が認定したような契約が成立していると考えていなかったものであるが、仮に契約が成立しているとしても、抗告人らは相手方和弥の欺罔行為によって意思表示をしたものであり、抗告裁判所の決定が出るまでの間に、許欺による意思表示として取消す予定である。

   答弁書

 1 島田及び藤井とは和弥が不動産を相続し島田が550万円、藤井が300万円を個別に署名捺印し合意していただきました。

 2 合意は他の相続人全員が合意することの条件との抗告人の言い分であるが、再度電話が有り、他の相続人が合意しなくても、島田が550万円を名古屋へ持参すれば署名捺印するので、名古屋の自宅へ550万円を持参するようにとの、電話でしたのですぐ持参いたしました。

 持参合意日 昭和62年1月14日 小切手にて550万円支払済み

 3 抗告人藤井には、再度 姫路に出向き300万円を受け取れば書面に署名、捺印するとの合意至り 昭和62年2月25日 姫路の自宅 に持参 署名捺印持参 合意日 昭和62年2月25日

 4 抗告人島田及び藤井には、預金及び現金等を聞かれることなく個別の金額にて署名捺印していただきました。なおこれにて相続の件は無関係との言葉もいただきました。

 5 島田及び藤井は、和弥が預金等を相続人及び抗告人らに虚偽の説明をして署名捺印させた、とのことですが、私は決して虚為の説明は居たしておりません。

 6 出納簿及び預金等を持参居たして間違いのないことを説明居たしたく思いますのでよろしく取り計らいをお願いします。

 簡単ですが預金及び現金等説明居たしておきますのでよろしくお願い居たします。

 (以下編略)

 

 

 〔参考〕 原審(松江家 昭63(家)960号 平2.6.8審判)

 

   主  文

 1 被相続人加藤明子の遺産を次のとおり分割する。

  (1) 別紙遺産目録(編略)(一)の1記載の土地(借地権)及び2記載の建物並びに如藤明子名義の郵便貯金1066円(記号×××××・番号×××××××)はいずれも申立人の取得とする。

  (2) 別紙遺産目録(一)の3ないし5記載の土地建物はいずれも相手方加藤和弥の取得とする。

 2 相手方加藤和弥は、申立人に対し金1274万3357円を、相手方加藤義徳に対し金250万円を、相手方中村洋子、相手方秋山澄江、相手方寺沢典子に対し各金40万円を、いずれも本審判確定の日から3か月以内に支払え。

 3 相手方加藤和弥は申立人に対し、前項の金1274万3357円の支払を担保するため、別紙遺産目録(一)の3ないし5記載の土地建物につき順位1番の抵当権を設定し、その旨の抵当権設定登記手続をせよ。

 4 手続費用中、鑑定人○○○○に支給した鑑定費用金30万円は、申立人が金7万5000円、相手方加藤和弥が金22万5000円を負担することとし、その余の手続費用は各自の負担とする。

 

   理  由

 本件記録に基づく当裁判所の事実認定及び法律判断は、以下のとおりである。

 1 相続の開始、相続人及び法定相続分

 被相続人加藤明子(以下、明子という。)は、昭和61年9月6日死亡し、相続が開始した。

 その相続人は、明子の妹である申立人、明子の姉亡島田セツ子の子である相手方島田年次(以下、相手方島田といい、その余の相手方についても同様に姓のみで表示する。但し、相手方加藤和弥については相手方和弥と、相手方加藤義徳については相手方義徳という。)、明子の妹亡島田カナエの子である相手方藤井明子の兄亡加藤美弥の子である相手方和弥、相手方中村、相手方義徳、相手方秋山、相手方寺沢であり、各人の法定相続分は申立人、相手方島田、相手方藤井が各4分の1、その余の相手方が各20分の1である。

 2 遺産の範囲及びその価額

 明子の遺産は別紙遺産目録(一)記載の土地建物(1については借地権)、同遺産目録(二)記載の預金等及び明子名義の郵便貯金7万2066円(記号×××××番号×××××××)であり、不動産の価額は、別紙遺産目録(一)の1及び2記載の土地建物(1については借地権)が金196万3000円、同3ないし5記載の土地建物が金3273万1000円である。

 なお、上記遺産目録(二)記載の預金等(利息を含め合計金2434万7628円)については、明子の死後、相手方和弥が株式会社○○銀行(旧商号・株式会社○○相互銀行)から払戻を受けたが、同相手方が右預金等を担保に昭和61年7月31日同銀行から借り入れた金550万円及びこれに対する利息金13万9677円が差し引かれたので、同相手方が同銀行から受領した金額は金1870万7951円である。また、上記郵便貯金については、申立人が昭和61年9月16日金7万1000円の払戻を受けたので、通帳上の残額は金1066円である。

 以上によれば、明子の遺産の総額は金5911万3694円である。

 3 遺産分割協議の成否等

 相手方和弥は、明子の遺産については既に遺産分割の協議が成立していると主張するので、検討する。

  (1) 本件記録によれば、次の事実が認められる。

   〈1〉 明子の葬儀は相手方和弥がその準備等を行い、同相手方が喪主となって行われた。

   〈2〉 昭和61年10月24日に明子の相続人全員が参加して明子の49日の法要が行われたが、その際、相手方和弥はその余の相手方及び申立人に対し、「相手方和弥が明子の不動産を取得し、同女の祭祀を司る。明子の預貯金が1900万円あり、これを他の相続人で分配する。」との遺産分割案を示したが、申立人は不動産も売却して相続人間で分配することを強く主張し、他にも異論のある相続人がいたため、当日はそれ以上話合いは進まなかった。

   〈3〉 翌日も一部の相続人間で協議が行われ、相手方島田が、同相手方は金500万円、申立人は金900方円、相手方藤井は金300万円を取得するとの案を示し、相手方藤井はこの案に十分満足したわけではなかったが、遠隔地に居住しており、協議に再々出席することもできないことから、金300万円を取得することで承諾した。

   〈4〉 相手方和弥はその後も、明子の遺産のうちの不動産は同相手方が取得することを前提に他の相続人と遺産分割について個別に交渉し、昭和62年1月から同年3月にかけて、相手方島田は明子の遺産から金550万円を取得することで、相手方義徳は同様に金500万円を取得することで、相手方中村、同秋山、同寺沢も同様に各金150万円を取得することで、それぞれ承諾した。

   〈5〉 そして、相手方和弥は、「明子の死亡によって開始した相続における共同相続人である私共はその相続財産について後記のとおり遺産分割の協議をしたので、その証としてこの協議書を作成して各署名捺印し、各自1通を保有する。」との文言に続いて、「祖先の祭祀を司る者を相手方和弥とする。別紙遺産目録(一)の2ないし5記載の不動産は同相手方の所有とする。預金は次のとおり分かち各自取得する。」と記載された「遺産分割協議書」と題する書面を作成し、その余の相手方の署名押印を得、相手方和弥もこれに連署した。なお、相手方中村、同寺沢、同島田は同一の書面に署名しているが、相手方藤井、同義徳、同秋山はそれぞれ別個の書面に個別に署名しており、右各書面の「預金は次のとおり分かち各自取得する」との欄には各署名者の取得する金額が記載されているのみである。

 そして、相手方和弥は、前記「遺産分割協議書」に記載された金員の趣旨で、現在までに相手方島田に金550万円、同藤井に金300万円、同義徳に金250万円、同中村、同秋山、同寺沢に各金110万円を交付しているが、右金員は、相手方和弥が払戻を受けた別紙遺産目録(二)の預金等から支払われたものと考えられる。

   〈6〉 相手方和弥は申立人との間でも、他の相手方に対してと同様に明子の遺産分割についての交渉をし、「同相手方において明子の遺産である不動産全部を取得し、申立人は一切取得しない。同相手方はその見返りとして申立人に対し金900万円を支払う。」との要旨の公正証書を作成する準備までしていたが、申立人はこれを拒否して現在に至っている。

  (2) ところで、遺産分割協議は、共同相続人全員が当該遺産分割協議に合意して初めて有効に成立するものであるところ、前記事実によれば、相手方和弥はその余の相手方との間で明子の遺産について「遺産分割協議書」と題する書面を取り交わしているが、これは、相手方和弥がその余の相手方との間で個別に、明子の遺産についての自己及び当該相手方の取得分を合意したにすぎないものであり、しかも、相続人の一人である申立人との間では何らの合意も成立していないのであるから、遺産分割の協議が成立したといえないことは明らかである。

  (3) しかし、前記「遺産分割協議書」作成の経緯、その文言及び明子の遺産についての相手方らの法定相続分(相手方島田、同藤井は各金1477万8423円、その余の相手方は各金295万5684円、いずれも円位未満切捨)に照らすと、前記「遺産分割協議書」による合意の趣旨は、相手方島田、同藤井、同中村、同秋山、同寺沢はいずれも自己の相続分から前記「遺産分割協議書」で合意した金額を控除した残額相当分を相手方和弥に譲渡する旨の、相手方和弥は前記「遺産分割協議書」で相手方義徳が取得することに合意した金額のうち同相手方の相続分を超える額相当分について自己の相続分を相手方義徳に譲渡する旨の、各意思表示にほかならないものと認められる。

  (4) 相手方島田、同藤井は、上記「遺産分割協議書」による合意は明子の預金額につき錯誤があり、要素の鈍誤により無効であると主張し、前記のとおり、明子の遺産のうち預金は額面で金2211万円強、利息を含むと金約2434万円であったのに、相手方和弥は他の相続人に対し明子の遺産のうち預金は1900万円であると説明しているのであり、また、他の相続人は相手方和弥のこの説明を信じていたことが認められる。

 したがって、相手方島田、同藤井はこの点について錯誤があったことになるが、同相手方ら及び申立人の法定相続分は同割合であるのに、明子の預金の分割についての相手方島田の提案自体前記三者間でその金額を異にしていたし、前記提示額や相手方島田、同藤井が相手方和弥との間で合意した金額(相手方島田につき金550万円、相手方藤井につき金300万円)と相手方和弥から説明された金1900万円という数字との関連も明らかでない。また、相手方藤井自身、自己の取得額が相手方島田や申立人よりも少なくなることは了解していたのであり、同相手方らが上記金額で合意するに際し、格別他の相続人の取得額を確認することもなかった。確かに、相手方藤井の合意した額は、明子の預金を相手方和弥以外の相続人が分割するとの前提のもとでも、同相手方の法定相続分に比して少額であるが、同相手方は遠隔地に嫁いでおり、明子の祭祀の世話が十分できない立場にあり、同割合の法定相続分を有する申立人が相手方藤井の取得額の3倍の金額を取得することを容認していたことにも鑑みると、相手方藤井が前記金額で合意したことも不自然とまではいえない。

 これらの点に照らすと、相手方島田、同藤井において前記錯誤がなかったならば、前記合意をしなかったであろうとまでは認められず、したがって、前記錯誤が要素の錯誤であるとはいえない。

 よって、前記合意が錯誤により無効であるとの主張は採用できない。

 なお、相手方島田、同藤井は、前記合意は他の相続人全員が遺産分割について合意することを条件とするものであったとも主張するが、右主張も認められない。

  (5) 以上のとおり、相手方和弥とその余の相手方らとの間では前記「遺産分割協議書」により前記説示のとおりの相続分の譲渡があったものということができる。

 4 具体的相続分

 申立人を除く相続人間で前記のとおり相続分の譲渡がなされた後の各人の相続分は、申立人が金1477万8423円、相手方島田が金550万円、同藤井が金300万円、同義徳が金500万円、同中村、同秋山、同寺沢が各金150万円、相手方和弥が金2633万5271円となる。

 5 遺産の分割方法

 本件に顕れた一切の事情を考慮すると、次のとおり分割するのが相当である。

  (1) 別紙遺産目録(一)の1記載の土地(借地権)及び2記載の建物並びに加藤明子名義の郵便貯金(記号×××××・番号×××××××。申立人において払戻を受けた金7万1000円を含む。)は申立人に取得させる。すると、申立人の取得額は金203万5066円となり、具体的相続分より金1274万3357円少額の取得となる。

  (2) 別紙遺産目録(一)の3ないし5記載の土地建物は相手方和弥に取得させる。すると、同相手方の取得額は金3273万1000円となり、具体的相続分より金639方5729円多額の取得となる。また、同相手方は、別紙遺産目録(二)記載の預金等の払戻を受けた金2434万7628円のうちその余の相手方に交付したと評価できる金1430万円を控除した残額金1004万7628円について、これを償還しなければならない。

  (3) 相手方義徳は自己の具体的相続分のうち未だ交付を受けていない金250万円の支払を受けることになり、相手方中村、同秋山、同寺沢もそれぞれ自己の具体的相続分のうち未だ交付を受けていない額(各金40万円)の支払を受けることになる。相手方島田、同藤井は前記のとおり既に具体的相続分に相当する金額の支払を受けており、本件遺産分割により新たに分割取得すべきものはない。

  (4) そこで、上記の調整等として、相手方和弥は、申立人に対し金1274万3357円を、相手方義徳に対し金250万円を、相手方中村、同秋山、同寺沢に対し各金40万円を支払うこととし、その支払時期は本審判確定の日から3か月以内とする。

 なお、相手方和弥が申立人に支払うべき金額は高額であり、その支払確保の必要があるものと認められるから、右支払担保のため、同相手方の取得する別紙遺産目録(一)の3ないし5記載の土地建物のうえに申立人のために抵当権を設定させることとする。

 6 手続費用

 本件手続費用のうち鑑定人に支給した金30万円については遺産分割による受益の程度を考慮して主文第4項のとおり負担させ、その余については各自の負担とする。

 7 よって、主文のとおり審判する。

 

  

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