遺産分割と葬儀費用の問題-遺産分割調停の実際-を相続弁護士が解説
1 はじめに-問題の所在-
「相続が発生した」というと極めて法律的な感じですが、現実には人一人がなくなるという事実が生じているため、遺産分割や遺留分などと言っている暇もなく、お通夜、告別式、初七日などが目まぐるしく執り行われます。
そして、一息ついたころに、葬儀社から費用が請求されますが、故人の通帳は相続手続の手間がかかるので、ひとまず喪主や長男が支払うということが往々にしてあります。
もちろん、円満な相続であれば、葬儀費用の負担についても円滑に決まるのですが、揉め始めるとそうもいきません。いったん支払いをした葬儀費用を他の相続人や遺産から回収できるのかという点が熾烈な争点になってきます。
2 基礎知識
2-1 葬儀費用
そもそも、葬儀費用とはどこまでの費用を意味するかという問題があります。民法に葬儀費用の範囲の規定はありませんが、遺産分割実務では、お通夜・告別式・埋葬までの費用を含めている例が多いと思われます。他方で、香典返し費用・四十九日・墓石費用などは葬儀費用には含まれないとされています。
2-2 相続債務
相続債務とは、相続発生時に存在していた故人の債務を意味します。この相続債務は法定相続人に法定相続分に応じて承継されます。相続人側からみると、法定相続分に応じた相続債務は、支払いをする義務があるということになります。
葬儀費用が相続債務に含まれれば、各相続人が法定相続分に応じて支払いをする義務があるため、全額支払いをした相続にが他の相続人に応分の支払を求めることで清算をすることができますが、葬儀費用は、故人が亡くなってから発生した債務のため、相続債務ではありません。
3 遺産分割調停における葬儀費用の扱いが争点になる典型例
遺産分割調停になっている場合は、相続人間で遺産の分け方で紛争化しており、当然、相続人間の人間関係も悪化しています。そのため、一部の相続人が支払った葬儀費用についても、素直に清算する話にはなりません。厄介なことに、実務上も葬儀費用の負担については、喪主負担説、要するに「喪主が葬儀関係の契約をしたんだから、費用も喪主が負担するべき」という考え方が有力です。
そのため、双方弁護士を代理人にして、対立構造になるとこの喪主負担説が強く主張されてしまいます。
遺産分割調停では、葬儀費用以外にも、不動産や預貯金等の金融資産の分割についても話し合わされるため(むしろこっちが本題ですが)、それらの分割割合・方法の協議に絡めて葬儀費用の清算もされることが多く、遺産分割調停で葬儀費用の負担が未解決になるということは多くはありません。
4 葬儀費用の問題への対応
しかし葬儀費用を負担した側からすれば、故人のための支出を交渉の材料とされて譲歩を迫られるというのは不快であり、また、交渉が長引く要素にもなりますので、事前に葬儀費用の対策をとっておくと、遺産分割で揉めてしまっても論点を一つ減らすことができます。生々しい話ですが、葬儀費用を出してしまったために、遺産分割でもめた時の弁護士費用を捻出することに苦慮された事例もありますので、軽く考えることはできません。
現在では、自分の死後の葬儀等の処理を死後事務委任契約という形で委任することができ、葬儀費用等は死後事務委任契約の委任事務処理費用として遺産から支払う(または費用を前払いしておく)ことができるので、上記のような不毛な紛争を避けることができます。
また、死後事務委任契約書を締結するまでの余裕がない場合は、相続開始前に葬儀費用等を特定の相続人に預けておくと良いでしょう。この際、一筆でいいので葬儀費用等に充てるために預けるという趣旨を書面に記載しておくと後日役に立ちます。金銭を生前贈与する方法でも良いのですが、事情を知らない(又は悪意のある相続人)から特別受益と指摘を受けることもあるので注意が必要です。
葬儀費用は、やむを得ない支出であるにもかかわらず、遺産分割調停では深刻な紛争になりやすいため、あらかじめ手当をしておくことが重要になります。